元SM嬢の母と体験した近親相姦SMプレイ10選
スパンキング
スパンキングはしょっちゅうされていましたね。
スパンキングをされるのはイタズラした時や約束事を守らなかった時。
また、小学校以降はテストの成績が悪いという理由で叩かれる事も増えました。
“高校生にもなってお尻が真っ赤になるまで叩かれて恥ずかしくないの?”
と、高校を卒業する頃まで行われていました。
小さい頃は母の膝に乗せられて手で叩かれていた記憶がありますが、小学生以降になるとスパンキング用の靴べらが用意されました。
机やテーブルに手をついてお尻を突き出した格好で叩かれるのですが、これが結構痛くて…
でも中学生くらいになるとちょっと快感になってきて恥ずかしい話ですが、勃起するようにもなってしまいました。
放置プレイ(コーナータイム)
母からはよく放置プレイを受けていました。
といっても家を出たきり何日も帰ってこない、食事も用意されていないといった育児放棄の類ではありません。むしろ母は過保護なくらいに構ってくれていたように思います。
放置プレイが行われるのは決まってスパンキングの後。
“しばらくその格好で反省しなさい”
と、机やテーブルに手をついたままの体勢で放置されます。声をかけられる事もなく、存在しないものとして扱われます。
スパンキングは肉体的に痛みを与える行為ですが、この放置プレイは精神的な辱めを与えるのに効果抜群です。
ああ、僕は今お尻を叩かれて反省させられているのだと、ある意味スパンキングを受けている時よりも惨めな気持ちになります。
海外ではこれをコーナータイムというそうで、子供に対する躾にはよく行われている行為のようですね。
射精管理
僕は大学進学のため一人暮らしをするまで、オナニーをした事がありませんでした。なぜなら母の手で射精をさせられていたからです。
始まりは11歳の誕生日。ケーキやご馳走を食べた後、
“今から特別な儀式をするからズボンとパンツを脱いで”
と母が言いました。僕は不思議に思いながらも母の言葉に従いました。
すると母は僕のチンコをしごき始めたのです。
気持ちいいというのがその時の感想でした。とはいえ、まだその頃は性的な快感は分かりません。ただ何となくチンコを触られるのが気持ちいいという感覚でした。
“どんな感じ?”
“何か出そう?”
と言いながら母はしばらくチンコをしごき続けましたが、
“まだみたいね”
と手を止めました。
この日を皮切りに月一程度の間隔だったと思いますが、同じような事をされました。
それが何度か続いた頃、僕はオシッコが出るような感覚に襲われました。
オシッコが出そう、と母に訴えると、
“出していいわよ”
と一言。
もしかしたらここで漏らしてまたオムツを穿かされるのでは…という思いもありましたが、出そうという生理現象には適いませんでした。
出てきたのは白い液体でした。白いオシッコが出た、と僕はビックリしましたが、母は喜んでいました。
翌日の晩ご飯は誕生日でもないのに、ご馳走とケーキが並びました。
“男になった記念日よ”
と母が言ったのを覚えています。
この日から、定期的に母の手で射精をさせられるようになりました。
小学生の頃は週に一度程度、中学生に上がると2日に一度は射精させられていました。
一度自分でしようと試みた事があったのですが、母にバレて叱られ、スパンキングのお仕置きを受けたので射精は母に委ねるものなのだという認識が染みついてしまいました。
一人暮らしをしてからは自分でするようになりましたが、母に手コキされるのを想像しながら行うのは誰にも言えない秘密でもあります。
浣腸プレイ
僕は小学4年生の頃までオムツを着けており、その中でオシッコをしていたという話をしましたが、ウンチはどうしていたかというと浣腸プレイで排便させられていました。
ウンチで汚れたお尻を綺麗にするのが面倒なのか、単純に浣腸プレイがしたかったのかは分かりませんが、四つん這いになり、お尻の穴にイチジク浣腸のノズルを突っ込まれ、排便を促されていたのです。
物心ついた頃からこうして排便していたので、これが普通だと思っていました。
それだけにオムツを卒業してもなかなか自分でウンチを出す事が出来ず、高校に上がる頃までは浣腸されていたと記憶しています。
アナルプレイ
これは浣腸プレイと被るところがあるのですが、浣腸を日常的に行っていたせいか便秘になる事もしばしばありました。そんな時はアナルに千歳飴でしょうか、細長い飴を挿入されていました。
これを挿入されると不思議と便意が催されるのです。
飴はイチジク浣腸のノズルよりも太いので、挿入される時変な感触があります。幼い頃はそれが気持ち悪かったのですが、中学生の頃になると何となく快感を覚えるようになってしまって…
独り立ちした今、オナニーのついでに時折アナルを弄ってしまうのは、母のこのアナルプレイにも通じる飴浣腸が原因だと思っています。
剃毛
陰毛が生えてきたのは中学に上がってすぐの頃だったと記憶しています。
その頃、僕は母の手で射精をさせられていたので毛が生えたのはすぐに母の知るところとなりました。
“毛なんて汚らしいし、邪魔なだけよ”
母は僕の生えかけの陰毛を見るなり、早々にカミソリで剃ってしまいました。
剃毛は週一の間隔で行われるようになり、僕はこれまで陰毛がボーボーになるまで生やした事がありません。
すなわち、独り立ちした今も自分で剃毛しているという事です。
顔面騎乗
幼い頃から母にSM調教をされてきた僕には反抗期らしい反抗期はありませんでした。
それでも全くなかったか、と言えばそういう事はなく母の存在が煩わしく感じた事はあります。
“うるさいなぁ”“ほっといてよ”反抗期の子供が親に言う定番のセリフを口にした事もあります。
普通の親なら言葉で諫めるのが一般的ではないでしょうか。もしかしたら小遣いを減らすとかゲームを没収するとかいったペナルティを与える親もいるかもしれません。
けれど母は違いました。
“よく私にそんな口を利けるわね、一人で大きくなったとでも思ってるの?”
“もう一回赤ちゃんからやり直す?ほら、アンタはここから産まれてきたのよ”
と、僕を押し倒し顔の上に跨がると陰部を押しつけ、顔面騎乗をしながら詰りました。
オシッコ臭さと酸味が混じったような匂いで窒息しそうになった僕。初めて嗅いだ女性の匂いは母の匂いでした。
スワッピング
僕の初体験は中学3年生の夏でした。
“貴方ももう中3なんだからそろそろ男にならなくちゃね”
そんな母の言葉があり、数日後に一人の女性を家に連れてきました。
母の知人だという女性は僕を見るなり“可愛い男の子ね”と微笑み服を脱ぎ始めました。
突然の出来事に事情が飲み込めず戸惑う僕。傍にいた母を見ると、
“彼女に全部任せなさい”
と言うだけ。
下着姿になった女性が今度は僕の服を脱がし始めます。母の言葉通り、されるがままにしているとあっという間に全裸にされてしまいました。
陰毛は母に剃られているのでツルツルです。そんな僕のチンコを見てまた笑みを浮かべる女性。その様子に恥ずかしさを覚えましたが、同時に何故か興奮もしてしまいました。
女性は勃起した僕のチンコの上に跨がると、そのまま腰を落とし挿入していきます。
初めて味わった女性の中は熱くてヌルヌルしていて、締まりがよくて、手の感触とは全く違った気持ちよさがありました。
女性は僕の上で、乱れるように腰を振ります。そのたびにチンコと中が擦れて、僕はすぐにイッてしまいました。
これが僕の初体験です。
母はこの様子を終始観察していました。
その後も女性は何度か家にやってきて、僕と性交しました。
最初はただ傍観していただけの母でしたが、女性と性交回数を重ねるにつれ、愛撫やクンニの仕方、挿入時の腰の振り方について細かい助言を受けました。
母と交わったわけではないので、厳密にはスワッピングとは言えないかもしれませんが、セックスに関しても知人の女性を介し、母に調教されたようなものです。
母との現在の関係は?
僕は今、大学も卒業し就職して社会人となっているわけですが、母との現在の関係は世間一般の親子と変わらない関係に落ち着きました。
やはり大学進学のために一人暮らしを始めた事で母との距離が出来た事が一番の要因だと思います。
母と同じ時間を過ごす事がなくなった事で母からの干渉が減りましたし、彼女を作る余裕も出来たからです。
また、ある程度世間を知って理解できる年齢となり、自身の家庭がおかしい事にも気づけたのも大きいと思います。
とはいえ、幼い頃から母によって近親相姦SMプレイを行われていた僕は今でも自ら剃毛していたり、オナニーする時は母の手コキを想像したりなどしているわけですから、母からの影響が完全に消えたわけではありません。
母の躾と称した調教によってMに目覚めた自覚もあります。
それだけに母の事を恨んでいるか、と言えばそんな事もありません。
母の躾を虐待だと考える人も少なくないと思いますが、そんな母の調教があったからこそ、罰を受けないように勉強を頑張ろうと思えましたし、その結果それなりの大学に進学出来ました。そして今は一流企業と羨ましがられるような会社に勤めています。
また、女性の扱いも人並み以上だと自負しています。僕がパイチンの変態と知っても彼女と上手く行っているのは母から教わったテクニックが活かされているとも思います。
これらは母の調教がなければなし得なかった事でしょう。この先母と近親相姦SMプレイをする事はないとは思いますが、この点については母にはとても感謝しています。
実母との近親相姦SMプレイは存在する!
元SM嬢だった母との近親相姦SMプレイを体験した男性の話をお届けしました。どのプレイも近親相姦というだけで刺激的な内容でした。
近親相姦というとAVや漫画・小説の中だけのファンタジーなイメージがありますが、実際に体験した人の話を聞くと生々しくてドキドキしてしまいますね。